(株)ベイスのブログ

福岡県の不動産業者のブログです。主に競売や売買を取り扱ってます。

我が家はまだ常夜灯

ごきげんよう、ベイスの野田です。

 

 

 

本日犬の日だそうで。

ふと以前一緒に居た愛犬を思い出しました。

正確には毎日思い出しているので、「強く思い出した」でしょうか。

 

 

我が家にミニチュアシュナウザーの女の子がやってきたのは17年前。

おとなしい子で家の中を歩くのも怒られやしないかと、一歩一歩臆病に踏んでいました。

慣れたころでもあんまり走り回らず、抱えられることをよくねだってくる甘えん坊。ソファに一族を皆殺しにされたんじゃないかというくらい激しく爪を研ぐ以外は静かにしていました。

 

あの子が居る毎日は楽しかった。

とにかく撫でられるのが好きだったので、禿げてもええの?と思うくらい手を使わされました。特に鼻筋からおでこを骨に沿って撫でるのがお気に入りだったので、続けているとすぐに瞼の重さに負けていました。あと、お手をしたら撫でてくれると覚えてしまったのか、良く繰り出すようになり、年季が入るにつれてパンチに昇華させてしまって面倒でした。

 

寝るときは不安になるのか真っ暗闇を嫌がりました。そのためいつも橙色の常夜灯をつけて、私の足を枕に寝息をついてました。おかげで寝返りを全くしない体質になりました。あと朝起こす際に顔にパンチするのはやめて頂きたかった。

 

トイレは外でしかしなかったので、1日に3回~4回ほど庭に出すようにしてました。

ささやかな庭ですが、いつも元気に駆け回り、あらゆるところで鼻をならしてました。

 

夏の終わり位にいつものように庭に出して、ぼんやりしていた時のことです。

ふと携帯電話を見ると意外なほど時間が経っていたので、家に戻そうと愛犬を呼びます。

藪の奥から顔をにゅっと出し、目を輝かせながら走ってきます。

彼女は子犬のころに尻尾を切っているので人の親指くらいしかなく、一生懸命振るとピコピコ動きます。

しかしその時はなにかいつもと違うように見えるのです。

どうも茶色いものがついてるような・・・・・

 

こいつ・・・うんこ付けて来やがったなぁ・・・もう・・・・

 

仕方ないなぁと思いつつ頭を撫でて、尻尾のモノをティッシュで取り除こうとすると、そこには一生懸命しがみついているセミの抜け殻でした

さすがだな、うちの子はそんじょそこらとは違う

とポテンシャルの高さに感心したのを覚えています。

 

 

 

 

 

時は過ぎて。

私は一時期、東京のレストランで働いていたことがありました。

休みが月2日ほどの時もあるくらい忙しく、様々な方々のおかげで楽しく過ごさせてもらいました。

そして事情あって福岡に戻ろうと思い、実家へ連絡した際のことです。

 

母から愛犬が痴呆になってしまったことを聞かされます。

 

心配でした。年齢もいってはいましたし、耳はだいぶ前から聞こえずらくなっており、目は段々白んできてはいました。

しかし、生きてさえくれれば、それでいいと思っていました。

バカみたいな話ですが、まさかうちの子が死ぬはずがない、そんなことはまだまだ何年も先のことだ、なんてことさえ思っていたかもしれません。

 

 

 

 

実家へ着き、父母へ挨拶してリビングへ行くと見慣れないケージがありました。

中には愛犬が歩いています。

左回りでずっとケージの中をぐるぐると。壊れた時計のように。止まらず。ずっとぐるぐる回り続けています。

体は痩せ、あばら骨は浮き上がり、足は骨に毛が生えたようでした。毛ツヤも褪せきってしまい、舌を横からだらしなく下ろし、よだれを落としていました。

 

名前を呼びましたが彼女は回り続けます。

こちらを向いてくれません。

 

頭を撫でましたが手を無視して彼女は回り続けます。

こちらを向いてくれません。

 

ぐるぐるぐるぐる。

 

ケージに頭をぶつけようが構わず回り続けます。

 

 

死がそこにありました。

もうながくないのだと、事実が頭を殴りつけてきました。

 

 

しかし私は愛犬が居てくれることがありがたかった。

まだ生きていてくれることに嬉しい気持ちが強かった。

 

ほら、抱きしめると前と同じように落ち着くじゃないか

まだまだ可愛くてしかたないなお前は

前と同じだ

 

そんな言い訳を頭の中にある「死」に対して振りかざし、払い続ける日々が続きました。

 

 

 

 

ある日、家族全員に、兄が安楽死させてやってはどうかと言いました。

 

「獣医さんから処置なしという判断に加え、そういう話もされるほどになってしまった

苦しいならばもう楽にさせてやりたい

俺はもう苦しそうな顔を見たくない」

 

私は

 

「考えないといけないかもしれない」

 

と返答したきり、黙りました。

考えたくありませんでした。思考を停止してしまい、逃げたのです。

 

兄は全員から意見を聞くと、すぐに速足で自室へ戻っていきました。

私が逃げたことについて怒ってしまったのだろうと、その時は思っていました。

 

 

 

それから数日後、愛犬は立つことが出来なくなりました。

 

 

寝たきりになってしまい、目は多量の目ヤニが常時出て、開きません。

鼻は体液が止まらず、呼吸が難しいようで、不規則になり、体が膨らんではしぼんでいました。

 

彼女の出来ることは膨らんではしぼむだけしかありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

目ヤニを濡れ布巾ですべてふき取ります。

鼻回りも拭き終り、頭を撫でます。

 

 

 

苦しいだろう、大丈夫か。

 

そう思いながら、頭を鼻筋からたどるように撫でつづけました。 

 

 

 

 

 

 

 

そうすると愛犬は私の手を、一回、なめました。

 

 

 

苦しいだろう、大丈夫か。

 

そう聞かれたような、こちらを向いてくれたような気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩、家族に安楽死を切り出しました。

 

逝かせてやろう

 

と言うと、家族は同意してくれました。

 

私は全員の意見を聞くと速足で自室に戻りました。

叫びだしたくて暴れたくてたまらなかった。

布団の中で体を押さえつけ、呻くにつれて涙が落ちていきました。

 

兄もあの晩はそうだったのかもしれません。

 

 

 

その後、獣医さんと段取りを組み、数日後に処置していただけるようになりました。

 

その晩も愛犬は橙色の常夜灯に私の足を枕にして寝息をついてました。

 

次の日は父母の部屋で。

次の日は兄の部屋で。

次の日は私の部屋で。

 

逝った日は父母の部屋で。

 

 

愛犬が逝ってからもう3年経ちます。

 

 

しかしケージがあったリビングの夜は、まだ橙色の常夜灯です。